Retreat

0412/yaezakura

1年に1度、1週間の八重桜week

八重桜のひとつの花に、花びらは何枚あるか知っていますか?「八重桜というからには、8枚かな?」なんてとぼけた考えだった私ですが、実際に数えてみたらなんとひとつの花は、40枚近くの花びらが集まってできあがっています。

これまでさして植物に興味のなかった私は、八重桜が咲いているところをまじまじと見たこともなければ、それが食べられるものだなんて想像したこともありませんでした。

「桜の塩漬け」は、何度か目にしたり口にしたりしたことはあったけれど、その材料が八重桜だと知ったのはほんの1年前のこと。新宿から電車で80分、里山が残る神奈川県足柄郡大井町の兼業農家、國島和子さんから「桜の塩漬けのシェア8割は、この周辺の地域でまかなっているのよ。特にここ大井町篠窪地区の八重桜は、色が濃くて品質が良いって人気なの」と教えていただいたからでした。

大井町の篠窪地区は、約70戸からなる山間の集落。起伏の激しい畑が多いのですが、時代に合わせて葉タバコや落花生などさまざまな農産物を育ててきたといいます。八重桜が篠窪地区にお目見えしたのは、約50年前。当時篠窪地区にあった株式会社小松製作所が、全戸にプレゼントしたことから栽培が始まりました。その中から、色の濃いものを接ぎ木しながら花の品質を向上させていきました。

八重桜は、毎年4月半ばに1週間から10日かけて収穫し、毎日塩漬けに加工する工場に運ばれて行くそう。「満開の桜の下で桜を摘む」って、なんてすてきな収穫体験だろうと、その光景を想像して私のなかの乙女心が即座にくすぐられたのを覚えています。こんなにときめく農作業体験ってなかなかない、と興奮しました。

さらにお話をうかがうと、全く人手が足りていないことが分かりました。もともと「八重桜農家」がいるわけではありません。かつてはこの季節の貴重な収入源として、ほかの農業の片手間に作業にあたる人がたくさんいたそう。しかし集落の住民が減り、農家の高齢化も進むいま、宝のもちぐされとなっている木がたくさんあります。

八重桜「関山」の木50本を所有する國島さんは、毎年友人たち有志に収穫を手伝ってもらうそうですが、それでも採りきれずに開花シーズンが終わってしまうといいます。

なんともったいない。これだけすてきな(その時点では想像ですが)体験、きっとしたい人がいるに違いない。今年は八重桜の摘み取り体験に張り切って参加することにしてみました。

かけあしの春で開催が危ぶまれるも……

硬い蕾の下、はたまた葉桜の下のお花見の思い出がある人もきっとたくさんいるでしょう。ソメイヨシノの開花予想は、その時期のニュースの大事なコンテンツにもなっています。

宴席のお花見の日程も一大事ですが、農家にとっての「開花時期」は、その年の収穫を左右する勝負どき。切実さでは花見の日程の比ではありません。今年、春の始めの予想外の高温で、昨年の1週間〜10日ほど早く開花したさまざまな果樹の畑。私の住む山梨では、例年以上にせわしない受粉作業に追われていました。

当初、八重桜の摘み取り作業も、例年の開花時期から4月22日の週末に開催を決定し、ずいぶん前から告知していましたが、どんどん早送りで開花していく花を見て日程を変更せざるをえなくなりました。

急遽、予定より10日早めた4月12日に開催することになりましたが、当日は東京都内からの参加を中心に大人10人が参加。食べもの関係のお仕事の方が多く、お茶の先生もおられました。子どもやスタッフも含めてとても賑やかな会になり、正直ちょっとびっくり。

参加者にお話を聞くと、「イチゴやブドウの収穫体験はよくあるけれど、八重桜の収穫なんて聞いたことがなくて貴重」、「桜の塩漬けを作ってみたかった」といった動機のよう。この数日後に開かれた八重桜の収穫体験も、すぐに定員になったようで、「八重桜の収穫体験」のポテンシャルは相当高いようです。

魅力たっぷり「花見をしながら保存食作り」の農体験

何箇所かに分散して八重桜の木を所有している國島さんですが、今回は作業のしやすさを考えて、平坦な場所に植えられた木を用意してくれていました。「これでもちょっと遅いくらい」という木の様子は、ほぼ満開。摘みとるときは選り分けずすべての花や実を摘みとっていきますが、開きかけのピンクが濃いものがベストな状態だそう。収穫した桜の花びらは、軸もつけたまま、大きなメッシュの袋にぎゅうぎゅうに詰めて出荷します。

桜の状態に合わせてより分けるのは、工場の仕事。収穫時は、とにかく黙々と手を動かして量を稼ぐがよし!ということになりますが、今回は体験会。「花見をしながらの収穫体験ってすてき」と口々に言いながら、2時間ほど、没頭する人あり、子守をしつつの人あり、思い思いのペースで楽しく作業は進んでいきました。

慣れた人だと、2時間くらいで桜1本の収穫を終えるというから、すごい。脚立や自作のひっぱり棒を駆使して、隅々の花まで収穫するのだそうです。先がS字になったひっぱり棒で遠い枝は引き寄せて、反対側のS字を自分のベルトなどに引っ掛けると両手を使って収穫する國島さんの様子に、「農家の知恵ってすごいなぁ」と改めて感じるのでした。

「この時期は私も仕事を休んで収穫するし、娘も帰ってきて手伝ってくれるの。家族や友人たちを巻き込んで大忙し。でも、八重桜を育てるっておすすめよ。といっても私は、収穫のときにいらない枝を切って剪定は終わりだし、消毒をすることもないから、収穫の時以外はほとんどほったらかし。でも50年くらいはずっと花をつけてくれますよ(國島さん)」。

八重桜の話をする國島さんの気負わないスタンスを見ていると、人が手を施す農業と自然の恵み、そのいい塩梅に「農産物・八重桜」の魅力があるような気がします。

味噌に梅干し……「自家製」の人気になりそうな桜の塩漬け

収穫がひと段落して、いよいよ桜の塩漬け作り。さっきまで収穫していた木の木陰にこしかけて、いざ!と腕まくりをして挑もうとしたけれど、拍子抜けするほどに、この日の作業は簡単。

まずは、ジップロックの袋半分くらいの分量の桜をそのまま詰めます。思えばこの手軽さも、消毒もなにもかかっていない桜だからこそ。小さな子どもも、薄桃色の花びらを夢中で袋に詰め込んでいました。

その後、塩大さじ2、梅酢大さじ3を入れてよく振って全体に塩と梅酢を行き渡らせると、袋の中の桜は、どんどん濃い桃色になっていきました。

当日の作業はこれで終了でしたが、桜の塩漬け作りはここで終わりではありません。自宅の冷蔵庫で重石をして2週間ほど保存。その後、晴れた日に形を整えて半乾燥させ(カラカラに乾燥させてはいけないそうです。ちょっと湿り気があるくらい)、その後塩をまぶして冷蔵庫などで保存すれば1年以上保存できます。

「いつもはたくさん作るから、全部目分量。でも結構適当でもできちゃうのよ」と言う國島さん。昨年作った桜の塩漬けを参加者全員にプレゼントしてくれました。

春色のおにぎりは最高のおもてなし

桜の塩漬け作りが終わると、國島さんお手製の桜の塩漬けおにぎりとけんちん汁でお昼ごはん。けんちん汁はおかずも兼ねるほどの具沢山で、しみじみおいしい。この地域のゆかりのある料理でもあります。

「この間も、集落に新しくできた橋の開通式に200人分の桜おにぎりを作ったのよ」と國島さん。見た目にも華やかで紅白のおにぎりは、お祝いに花を添える存在としても最適です。この日も、1人3つずつ並んだ桜おにぎりを見て「わぁ、すてき」とみんなうっとり。ほのかな塩気と、桜のほんのり甘い香りが白いご飯とこんなにぴったりなんて。美しいだけでなく、もりもりと食欲をそそる意外な「ごはんのお供」としての八重桜の実力にも驚きでした。

ごはんが終わり、口々に「また来年もぜひ」と帰っていった参加者のみなさん。花見と収穫と塩漬けづくり……さわやかな風の抜ける場所での3つの体験は、気持ちがいいものだったよう。その後もしばらく、Facebookの参加者グループでのメッセージのやりとりが続いていました。

國島さんからいただいた桜の塩漬けは数日後、我が家に遊びに来た友人家族らに振舞いました。いつもは、ちゃんとしたおもてなしなんてしないのに、桜の塩漬けおにぎりを食べさせたくて、せっせと不恰好なおにぎりを。そのとき、脳裏には「娘たちが小学生の頃、家庭訪問の先生には、桜ゼリーを必ず作っていたのよ」と懐かしそうに話していた國島さんの顔。桜の塩漬けには、料理をする人も、食べる人も両方の気持ちを華やいだ気持ちにさせる、なにか特別な魅力があるのだと感じるのです。

私が持ち帰った桜の塩漬けは今、冷蔵庫の中。もうそろそろお日様の光をたっぷり浴びさせて、私のささやかなおもてなし心を発揮させるために、活躍させなくちゃ。来年は、しっかりと戦力になるくらい収穫を手伝って、「桜の塩漬け作り」が、これからの我が家の定番になればいいなぁと思うのでした。