Retreat

0207/tsuru&sumi

エネルギーも肥料も、雑木林からつくれる!炭焼き・つる取り、冬の里山仕事。

田植えや稲刈り、畑の耕作や収穫など、春から秋にかけては、農作業で忙しそうなイメージがある里山の暮らし。では、冬場はどんなことをしているのでしょう?

地元の人たちに聞いてみると、「冬場は冬場で、山の仕事があるんだよ」と言いますが、なかなかイメージできません。

そもそも”里山”という言葉自体はよく聞くものの、春から秋の農作業は、すべて人里で行われているように思います。”里”と”山”には、どういう繋がりがあるのでしょうか。

今回は、冬場の里山仕事を体験しに、新宿から電車で80分の大井町へと向かいました。

まず体験したのは、間伐と炭焼き。大井町の自然の魅力を伝える大井町教育委員会生涯学習課の「おおい自然園」と地元の「山田炭焼き友の会」が、毎年体験イベントを主催しています。​作業を実際に教えてくれるのは、地元の小学校で校長先生を務めていた”ちょっき先生”こと一寸木(ちょっき)さんと、「山田炭焼き友の会」のメンバーのみなさん。「山田炭焼き友の会」は、山田地区の消防団のOBが24年前に始めた、里山保全の活動です。

「もともと里山に住んでいる人たちは、冬に入る前に、食べ物や燃料の用意をしていました。保存食をつくり、クヌギやコナラを伐って薪をたくさん溜めておいて、冬の間はそれらを使って過ごしていく。そういう生活を何百年もやってきたし、それが当たり前だった。石油・ガス・電気などを手に入れて、エネルギーはよそから持ってくる…なんて生活は、ここ50~60年のことなんです」

話によると、大井町の丘に広がっているような、植えられたクヌギやコナラを中心にいろんな木々が生えている森林を、雑木林というそう。

クヌギやコナラは、切り株から孫生え(ひこばえ)が生え20~30年おきに何回も伐り出せ、薪に使った時に火の持ちもよいことから、昔から人々の生活を支えていたそうです。落葉樹なので落ち葉を堆肥にすることもでき、里山の農家には欠かせないものとして、昔の人々は、これらの木々を山に植えていきました。

「昔の人たちは、クヌギやコナラを植えるとき、もともと生えていたシイノキなどの常緑樹を根絶やしにはせず、山に残しました。常緑樹は、何回も伐り出せないので、薪にするには効率がよくないんだよね。だけど常緑樹がなんで大事かっていうと、木が根をはることによって、災害を防ぐから。崖や急傾斜地にも1番最初に生えて、がけ崩れを防ぐ。昔の人々はそれを知っていて、山神さまとして祀ったり、木のそばにお宮やお寺をつくったんです」

そういえば、大井町にはじめて来た時、常緑樹にしめ縄を飾っている風景を見て、「なぜここの人たちは、常緑樹をこんなに大切にしているんだろう?」と、少し不思議に感じました。ちょっき先生の話を聞くと、「この土地をずっと災害などから守ってくれるように」との願いをこめて、昔の時代から大切にされてきた木々なんだな…とわかります。

地元の人は、今でも山に入って冬仕事をする前には、お神酒、塩、米を持って山のかみさまに挨拶をするんだそうです。挨拶をしないで山仕事をしたら、木がうまく伐れないなど、よくないことに遭ったという人もいます。

「山田炭焼き友の会」のメンバーには60代の方が多いですが、こうした「山の神講」という風習も、若い人には知られなくなってきています。

伐り出した薪は、トラックに積んで、山裾にある炭焼き窯まで運び出します。

炭を焼く窯も、昔この近くに住んでいた“ゲンちゃん”というおじいさんに教えてもらい、メンバーのみんなで作ったもの。最初の窯は粘土で作りましたが、嵐などで崩れてしまい、工夫を重ねた今はコンクリートで固めたものになっています。

「今はもう囲炉裏や竈(かまど)のある台所なんてものもなくなってしまったけど、私たちが子どもの頃は、風呂は薪でたいていたんです。炭は、火力が安定しているし、煙も出ないので、室内で使うのに便利で、火鉢や囲炉裏で使われていました。昔は炭の欠片や粉を、ノリで固めて炭団(たどん)という燃料にしていたくらい、炭は貴重なものでした」

炭を焼くプロセスは、集めてきた木々を燃やすのが4日、その後冷ますのに3~4日。炭が完成するまでには、1週間ほどかかるそう。

雑木林の間伐や炭焼きなど、力を必要とする山仕事は、こうして男性が中心に取り組んできましたが、女性が取り組んでいる山仕事もあります。

山の掃除から、あそびをつくる

大井町では、雑木林に生えすぎたつるを切り、そのつるを使ってかご編みをしています。今回は、篠窪地区に住んでいる”里山遊びの天才”國島さんに、つる切りとかご編みを教えてもらいます。

「里山では、自分で食べる野菜なんかは自分でつくっている人が多いのよね。畑で使う堆肥も、落ち葉と米ぬかを積み上げて、水をかけて自分たちでつくっていたの。けど、雑木林につるが生えすぎていると、熊手がひっかかっちゃってうまく落ち葉を集められないのよ。だから、冬場につるを切って、作業しやすくしておくの。生えすぎると幹に巻き付いて食い込んで、木をダメにしちゃうしね」

「つる取りを冬にやるのは、冬場は植物の中で水が下がっているからなの。そういう植物は、曲げても折れないので、カゴをつくるのに適してる。春になって水があがってくると、バキバキに折れちゃうのね。だからカゴを編みたいなら、つるは1~2月に取るわね」

とは言え、土の上で枯れて乾燥してしまったつるも、かご編みには使えないそう。國島さんに教えてもらいながら、まだ枯れていない長めのつるを集めていきます。

「このへんには、あけび、ふじ、ていかかずら、アイビーなんかのつる植物が生えているけど、かごを編むんだったらふじがオススメね。あけびはバキバキ割れやすいので、初心者には難しいかな」

つるを雑木林で集めた後は、使えそうなつるをより分けて、実際に編んでいきます。

軸となるつるを2~3本ずつ十文字に置き、1本を切って奇数にして、互い違いにつるをくぐらせます。

「これはお母さんに習ったんですか?」と聞くと、國島さんはこう答えます。

「自分で工夫して始めたのよ。昔、子どもの世話や祖母の介護があって、なかなか家の近所から離れられなかったの。街に出て何かしたりできなかったんで、ここにあるもので工夫して、自分で楽しみたいなあって。子どもを山に連れていく中で、落ちてたつるを集めて編むようになったのよ」

「私はずっと子どもの頃からこの山で遊んでるのね。はだしで外に出てって、基地づくりとかチャンバラごっこをやって。父も母も農家なんだけど、母が山に生えている草の名前をよく教えてくれたの。で、ここでの暮らしの知恵を、人に伝えていくって大事だなあって思って。かご編みは、30年前に始めて、地域の人たち200人くらいに教えたかしらね」

そんな話を聞きながら、ていかかずらや蝋梅を飾って、かごが完成。

「こういう風に自分で工夫して、あそびや楽しみをつくれるのが田舎暮らしだと思うの。買えるもの、便利なものって誰かから与えられるものでしょ。そうじゃなくて、こういうお宝があったんだって発見できるのが、ここの面白いところなのよ」

國島さんたちは、今でも地元の女性たちとおにぎりを持って山に入り、つる切りとかご編みを続けているそう。

「でも、最近はこのへんに住んでいる子どももこういうのをやらなくなっちゃって、少し寂しいわね。高齢化で農家をやめちゃう家も多いし、落ち葉堆肥とかも自分たちではつくらなくなっちゃって。そうやって山から離れる人が増えると、山は荒れちゃうのよね。人が山に入ることで、山はもっと綺麗になるんだけど」

ちょっき先生や國島さんの話を聞くと、炭の材料となる薪や堆肥の材料となる落ち葉、副産物となるつるかごなど、山が人々の生活を支えてくれていたことがわかります。里山での暮らしは、冬場は暇なわけではなく、次のシーズンに備えて準備する季節なんですね。

ただ、薪、プロパンガス、そして電力へと家庭のエネルギーが変化する中で、そうした暮らしも移り変わり、失われつつあるのかもしれません。

「山田炭焼き友の会」では、間伐や炭焼きを行う里山仕事の体験を、ずっと続けてきています。一度便利になってしまった暮らしを、また元に戻すことは難しいですが、里山ならではの知恵が子どもたちや若い世代に受け継がれていくといいですね。