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気取らないそのまんまの日常を体験させる、里山の民泊づくり

シイノキリトリートでは、これまで実施してきた少人数向けの日帰りリトリート体験の他に、15〜30人規模の宿泊型農村体験プログラムの準備をしている。大井町の丘の上で暮らす住民たちが自ら起案した里山民泊体験を、12月2日に初めて実施。東京都江戸川区のサッカーチームに入っている小学生13人を、地域内の5家庭で受け入れた。

午前中はオレンジ色に熟したミカンの収穫、摘んだミカンを自分で絞ってジュースを作り、昼食は石窯での手作りピザ体験。午後は地元サッカーチームとの対戦後、数人ずつ各家庭へ。夕食の材料にと大根掘りをする家があったり、それぞれの家庭毎の暮らしを楽しむプログラムとなっていた。

受け入れ家庭のほぼ全員が、民泊の受け入れは初めてという中で、4人の小学生男子を受け入れたのは、篠窪地区に住む國島和子さん。子どもたちと一緒に、篠窪地区の神社である三嶋社の鎮守の森を、となりのトトロを2番まで歌いながらぐるりと一周。

その後、焚き火。この日は、國島家の83歳のおばあちゃんが、庭木の剪定をしたものを使用。「火を見ると子どもは興奮するんだよね」と言いながら、特別に準備したわけでもなく、あくまで日常の暮らしの延長のようである。都市での焚き火など御法度になってしまった現在、生の火を見るという体験自体がもう希有なことだ。

焚き火の次は、夕食の材料となるシイタケをほだ木から収穫してくる雑木林探検。國島さんによって導かれた裏山は、ただの田舎道から魔法がかかった冒険の舞台となった。

その帰り道「ここを降りていきます!」という國島隊長のかけ声で、傾斜角45度はあろうかという、獣道を降り始めたのだった。サッカー少年達は、喜んで獣道を降りていく。「ナナメに降りていきなさい」など、隊長の見事な指揮の結果、一歩一歩確実に傾斜角45度を降りていく。

筆者はさすがに勘弁と、元来た道を先回りした結果、一隊の降りてくる光景を見事ファインダーに捉えることができ、サッカー少年達は、見事くっつき虫だらけとなって降りてきたのだった。

「こんな危ないことを子どもにさせて」などと言われそうだけれど、國島さんにとっては子どもの頃、当たり前にやっていたことだ。いま現在そのようなことができる環境は少ないし、もし環境があったとしても教えてくれる大人の数が激減している。どんな自然体験の学校でも、この2つのメニューはまっさきに「リスクヘッジ」として切り離されるだろう。事業として自然を体験できたとしても、それは自然の入り口程度のものだけかもしれない。自然と、生きることを感じることは、きっても切り離せない不可分な領域のはずである。そして、ものすごく身近なものだったはずだ。

この日の夕食は、畑でとってきた白菜とシイタケをつかった餃子だった。料理は、元コックだったという旦那さんの担当。サッカー少年達は包丁の使い方から習っていた。食後は、三嶋社の鎮守の森で拾ってきたテイカカズラの蔓を使ったクリスマスリースづくり。それぞれの家に持って帰るお土産をつくるらしい。

國島さんは、里山遊びの天才のようだ。

「子どもの頃、山でやっていたことをやっただけなんだけれど。基地作りとか。ナタとかノコギリとか持ってたから。その頃の延長で崖を降りちゃったりするのよね。男の子の友達が多かったから。」

取材の途中、初めて民泊を受け入れたある家庭からのSOSの連絡が入った。「子ども達が暴れてて、どうしていいのか解らない」という。我々は現場に行ってみた。そこでは、プログラムによってあらかじめ決められたというお風呂の時間までのあいだの『間』が持てないようだった。サッカー少年達には、常になにかしらをするソフトウェアやアイテムが必要なのかもしれない。國島家では、まず愛犬うめちゃんがサッカー少年達の相手を任されていた。

しかし、國島さんはなにも特別なことはしていないという。

「民泊やりませんか、って近所の人に声をかけたら『私たち、なにもできないから』って言われるんだけれど『おばさんそのまんまが素敵だから、それでいいのよ』って言って、結局そのときは天ぷらをやってあげた。天ぷらは人集めの最強の武器だからね。人が集まるから。気取らないでいいし、ごく普通の日常が素敵なはずだから。あと、娘達が、常に誰かしらつれてきては常に泊まってたから、子ども達にしつけられました。笑」

そのまんま、で良いそうである。子ども達を、お客様として扱ってはいけない。受け入れる側の日常に彼らを招き入れてあげる心得のようなものが垣間見えた。

最近流行っている「AirBnB」も民泊と呼ばれていたり、いろいろな地域で「民泊」という言葉をよく聞くのだが、それがあまりなんなのかを理解していなかった。「旅館」や「ホテル」を置き換える意味での「民泊」であったら、ただ宿代を安く抑えたいようなチープなイメージがつきまとう。しかし、國島家に泊まった子どもたちは、本来ならばここに住まなければできないことを経験していた。

「人と触れ合わない限り、物だけ売っていても記憶に残らないのかもしれないわね。」

一泊限りの村民体験とでも呼ぶべきだろうか。ハードウェアの話ではなく、ソフトウェアの話だった。この日、國島家に泊まった、いや、國島家を体験したサッカー少年4人達は、どんな思い出を記憶に刻み込んだんだろうか。