神奈川県大井町の東側半分を占める台地の上のことを、相和地域と呼びます。この台地は 水田の多い「山田」、古代の道の合流点にあり渋沢から大山へ抜ける道のある「篠窪」、小高い丘の上にシイノキのある「赤田」、稲荷社を中心とした集落「柳」、大井町で最も標高の高い「高尾」という特徴的な五つの地区となっており、シイノキネットワークに見守られてきた丘です。

  • 01 赤田のシイノキ

    小高い丘の上に、樹齢400年といわれる大きなシイノキが立っている。その幹は大人でも抱えられないほどの太さ。大きな木の下には常に木陰ができていて、夏は涼しく、冷たい風雨は避けてくれる。その木の下に立っていると、「木の温もりを感じる」とは、このような感覚をいうのだろう。シイノキは400年もの間この場所にあり、土地の動静を見守ってきた。

  • 02 山田のタブノキ

    樹齢400年で、このタブノキの生えている中屋敷遺跡を見守ってきた。30年前くらいまでは、フクロウが巣をつくって鳴いていた。夏になるとカブトムシやクワガタムシが集まってくる。タブノキは、クスノキ科で、香りがあるため線香にも使われる。タブノキはクスノキとは違って、もともとこの土地に生えていた在来の木の一つである。山田地区にはタブノキが多い。

  • 03 山神のクスノキ

    山田地区と篠窪地区の境目にある 岬の突端のような場所に、一本のクスノキが生えている。目の前が海だったらここは灯台のような場所だろうか。一部枯れてしまって、今はちょっと変わった形になってしまったが、かつては相模湾を行き来する船の目印となっていたという。このクスノキを祀る香川家のご先祖からの伝承によると、山神が棟木を与えてくれたという。以来 香川家では 山神に感謝して、毎年欠かさず祭祀を行い、若き倫幸さんが継承する。

  • 04 三嶋社の樹齢800年のシイノキプラネタリウム

    三嶋社の鳥居の脇にしっかりと根を張ったシイノキの大木。道路を覆うように伸びた幹と繁茂した枝を、鉄骨が支えている。推定樹齢は800年。相和で最も古いシイノキは、町指定の重要文化財でもあり、神奈川県の名木100選にも登録されている。三嶋社の境内には、この古木を筆頭に樹齢数百年を超える木々が生い茂り、相和で見られる常緑樹のほとんどを一堂に見ることができる。

  • 05 了全山 かつての王が眠る墓

    篠窪地区を見下ろす 標高276mの小高い丘は、地元の人々に「了全山」(りょうぜんさん)と呼ばれ、集落の歴史を見守ってきた。頂上には、常緑のシイの林があり、その麓には小さな石のお墓が、ひっそりと佇んでいる。ここに眠っているのは室町時代に篠窪の集落を治めた二階堂政貞である。まだ数戸しか家がなかったといわれる篠窪の歴史は、二階堂氏が、当時武士の間で信仰されていた臨済宗の寺院「宝珠山 地福寺」を、1347年に建立したことから始まる。

  • 06 吾妻山の鎮守の森

    かつて地元の人に親しまれていたが、森に飲み込まれかけた遊歩道があった。今、ここに社屋を構えるコーヒー販売業のブルックス社の造園チームが、“未病いやしの里センター(仮称)”の一部として手入れを始めている。遊歩道の最高地点は、快晴なら遠く伊豆の島々まで見渡せる、ビュースポット。そこは、「吾妻社」のある“小さな鎮守の森”が佇む場所でもある。現在は毎日平日8時〜17時までなら、ブルックス社の鎮守の森の敷地内は散策可能だ。

  • 07 段々畑と富士山

    相和らしい景色のひとつに、段々畑と富士山の取り合わせがある。特に篠窪の高台に立って眺める段々畑は格別だ。3月、相和地域のいたるところで見かける菜の花は、かつては里山の暮らしに不可欠なもので、篠窪でも菜種油を採るために栽培し、自給自足に近い生活を支えていた。