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0722/aomikan

みかんの摘果と青みかんでポン酢づくり

商品価値の高い果実を実らせるために、農家で行われている「摘果」という作業を知っていますか?

スーパーや八百屋で見かける果実は、実の大きさが綺麗に揃い、傷もほとんどない状態です。実はこれこそ「摘果」の成果。果実が育つ間、実の大きさを揃えるために極端に大きい果実・小さい果実は落とされ、さらに傷がついた果実や虫に食べられた果実も落とされているのです。

では、その落とした果実はどうなってしまうのでしょうか? 実はそのまま畑の肥やしになることがほとんどだと言うから驚きです。流通は極めて稀で、道の駅でたまに見かける程度だと言います。

そんな「摘果」ですが、神奈川県足柄郡大井町の里山のみかん畑で体験することができて、さらに普段調理することのない摘果みかんでポン酢を作ることができるのだそう。

「普段食べている果実が育っていく過程を見てみたい、そして青みかんを食べてみたい!」。そんな好奇心に背中を押されて、新宿から電車で80分の神奈川県足柄郡大井町に行ってみました。

想像以上の収穫量。籠に山盛り、摘果みかん!

みかん畑があるのは、大井町の東部に位置する赤田地区。地元の農家さんの説明を受けて、大きすぎるもの、傷がついたり虫に食われたものを中心に摘果していきます。

枝先に1つだけついているような果実は大きくなりすぎる傾向があるそうなので要チェック、続いて枝近くの実も枝スレによって傷がつきやすくなるそうなので、枝が密集している箇所を中心に確認していきます。

摘果に該当する果実は、想像以上の数。あっという間に籠が山盛りになってしまいました。

赤田地区は丘陵地に恵まれ、30年ほど前まで周辺一帯がみかん農家だったのだそう。しかしながら、91年のアメリカ・オレンジ輸入自由化、相次ぐ高速道路の開通により、関西を産地とする甘味の強いみかんの流入増加の影響で、比較的酸味の強い関東のみかんの売り上げが低下してしまったのだとか。まだ体力のあった若手農家を中心に、みかん栽培からキウイなどの果実栽培に移行が進み、現在まで残っているみかん畑はたったの数カ所となってしまったそうです。

数少ない生き残ったみかん畑は、みかんでは難しいとされる減農薬栽培という価値を最大限に生かして、最近ではオーナー制度を導入し1本1〜1.5万円で希望者に販売している方もいらっしゃるそう。収穫はもちろん、栽培や加工品づくりを楽しめて、その間のお世話は農家さんにお願いできるオーナー制度はなかなかの人気のようです。

ジュース、サラダやメインのビネガー代わりに。意外に万能な青みかんで、ポン酢づくり

さて、おばさま・おじさまたちの巧みな手さばきと、現役男子高校生たちの元気いっぱいの活躍で山盛りに摘果されたみかんを運び、いざポン酢づくりへ。

まずは採りたての瑞々しい青みかんを半分に切って、絞り機で果汁を絞り出します。

酸味の強い、でもみかんの甘さも含んだ爽やかな香りがにおい立って、ついつい味見をしてみたくなった私たちのチームは絞り終えた果実をつまみ食い。酸っぱくて顔をしかめる人もいれば、夏の暑い日に水割りでジュースにいいかもと話す女性も。

シークヮーサーやすだちよりは酸味が穏やかで、成熟前の爽やかなみかんの風味を感じる青みかんは、ジュースにはもちろん、サラダや魚料理にもいつもとは違った華やかな風味を加えてくれそうです(帰宅後実際にすべて試しましたが、かなりオールラウンダーで八面六臂の活躍をしてくれました)。

果汁を絞ったら、残りの材料と合わせて瓶に入れて、あっという間にポン酢完成! できたてをお豆腐にかけていただくと、青みかんの爽やかな香りがふわっと口に広がりました。

想像以上に簡単にできてしまった手作り青みかんポン酢。こんなに手軽に新しい味と出会えるのなら、色んな果実を使って手作りポン酢づくりを楽しんでみたいなと思えた素敵な体験でした。以下に皆さんにもレシピをシェアします。青みかんはすぐには手に入らないかもしれませんが、ぜひこのレシピを身近な果実に置き換えてアレンジしてみてくださいね。

青みかんポン酢のレシピ

● 材料
青みかん果汁 70ml
(※ 青みかん以外を使用する場合は、その酸味に合わせて適宜調整)
醤油 70ml
みりん 20ml
鰹節 2.5g
昆布 2.5g

● 作り方
① 青みかんを半分に切って果汁を絞り、余分な果肉を濾す
② みりんは煮立ててアルコールを飛ばす
③ 洗った容器に①と粗熱をとった②、醤油を入れて、鰹節と昆布を加え冷蔵庫で1日置く
④ 鰹節と昆布を漉したら完成

赤田地区の鎮守の神さま、「だいじんごさん」

摘果を終えた午後、大井町役場に勤める北村竜也さんが案内人となってくださり、今回みかんの摘果を体験した赤田地区を巡ることに。

赤田地区は、小高い丘の上に立つ大きなシイノキが地区のシンボルとなっている土地でもあります。このシイノキの根元には小さな社があり、シイノキに宿る「だいじんごさん」と呼ばれる神さまを、丘のふもとに住まう家族が江戸時代から7代にわたり祀ってきたのだそうです。

年末には社の周りにしめ縄をはり、ろうそくを灯して年越しそばをお供えし、その蕎麦を家に持ち帰り、家の神棚にもお供えを。年が明けた正月三が日にも、ろうそくを灯しお餅とお神酒をお供えして、お祈りをするのだと言います。杜に続く道は今でこそアスファルトに舗装されていますが、細いけもの道だった江戸時代から、雪の降る日も途絶えさせることなく200年以上この習わしが継承されてきました。

また明治時代、このシイノキの付近の畑で大火災が発生したとき、社の前で炎が焼失したという言い伝えも残されているのだとか。まさに地区の鎮守の神さまである「だいじんごさん」ですが、同時に地区の子どもたちにとっては、その立派な枝に登ってカブトムシをつかまえたり、どんぐりを拾うことが普通であるような、親しみのある存在なのだと北村さんは言います。

実際に根元に立ってみると、根が普通の木の幹のサイズくらい太くて、首を思いっきり伸ばさないと見上げられないくらい大きなシイノキ。その大きさに包まれて、時間の流れが優しくゆっくりとなるような、子どもの頃の感覚を思い出すような、そんな神さまの存在を感じる場所でした。

落雷で大枝を枯らしながらも、力強く地区を見守る赤田八幡社の御神木

また赤田地区には、「だいじんごさん」以外にもこの土地を守る大きなシイノキが存在します。それは、赤田八幡社と呼ばれる地区の神社の御神木。北村さんは、子どもの頃から不思議とこの木が大好きだったと言います。

赤田八幡社は元は戦いの神さまと言われていたそうですが、戦争がなくなった今は教育の神さまとして祀られているのだそう。落雷によって大きく割れてしまったと言い伝えられるその木は、大枝を枯らしきのこや蟻にその身を預けながらも、力強く地区を見守っていました。

丘の上にある2つのシイノキ、どちらの根元からも人々が暮らす赤田の地区を見渡すことができます。まるで2人の神さまが見ている景色のようで、この土地で生きてきたわけでもないのに、本当にこのシイノキたちには神さまが宿っているのだろうと、そうしてこの土地を守ってきたのだろうと感じざるを得ないようなシイノキ探訪でした。

私たちの周りにも、意識をして見渡せば土地を守る木々を意外にも近くに見つけることができるのかもしれません。これから周囲の木々を見る目が変わりそうな予感がする、そんな夏のある日の帰り道でした。